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3.3 L−エナジェティクスの提唱

ノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジーヌは、自らが創始した非平衡熱力学の原理から、全く新しい「ゆらぎをとおした秩序」という理論を打ち立てた。「ゆらぎをとおした秩序」によって生み出される空間パターンは散逸構造と呼ばれ、私たちの身近に見い出される対流、雪の結晶などが典型的な例である(図3−3)。散逸構造の理論は、現在最も良く生命のエネルギー原理を説明する理論と考えられている(ヤンツ,1980;沢田,1993)。
散逸構造は二つのタイプの行動をとる。ひとつは平衡に近いところで示すふるまいであり、ここではゆらぎによって生じた秩序は安定な状態へと引き戻される。一方、平衡から遠く離れたところでは、秩序がそのまま維持されたり、あるいは不安定な状態が続いた後、全く新しい秩序が出現したりする。この傾向は生命の進化の方向と一致するものである。散逸構造は、環境とのエネルギーや物質、情報の交換が許された開放系にのみ現われる構造であり、環境との関係を記述するシステム理論に新たな意味づけを与えつつある(北森・北村,1996)。ウィーナーの「サイバネティクス理論」、ルネ・トムの「カタストロフィ理論」、フォン・ノイマンの「オートマトン理論」、マンフレート・アイゲンの「ハイパーサイクル」などである(表3−1)。
これらのシステム理論は、いづれもシステムの時間と空間に関わる構造の進化を問題にしており、形態形成、階層形成、自己創出性(オートポイエシス=ギリシャ語の「自己生産」に由来)など自己組織化システムのダイナミクスを部分的に説明してきた。散逸構造理論は、平衡に向かう途上にある構造保存型システムと非平衡性の強い進化型システムの両方の特性を対象とするという意味において普遍性が高い。本調査でも散逸構造理論は、生命に学ぶテクノロジーを構築する上で重要な基礎付けを与える理論としてたびたびその意義を説明することになる。
本調査は、産業社会と自然の生態系が共生し合うためのエネルギー革新を描き出すことを目的としている。このような生命のエネルギー原理に学び類似した工学的応用を構想する視点をL(Life)−エナジェティクスと呼んだ。生命のエネルギー原理は、太陽の光と熱を用いて各種の化学反応を引き起こし、生態系というシステムを発展させつつ、自らも進化していくという、人類のテクノロジーでは考えることのできない仕組を機能させている。ここには、学んでも尽きることのないテクノロジーの源泉があると信じることができる。引き続く章で、広く生体のエネルギー変換メカニズムを調査し、その構成原理を明らかにする。

 

 

 

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